それはまだ雪が降る3月のある朝の出来事。薄明るい家の中を駆け抜ける小さな影の軍団。抜き足差し足、杖を手にした子供たちが、まだ眠っている両親のベッドに忍び寄り、エイッと杖を振り下ろす。「ボーラ、ボーラ、ボーラ!」と掛け声を上げながら…。

親の寝込みを襲って叩くとは何てことを!と思わず声を上げそうな子供の奇行ですが、これは3日間に渡るアイスランドの「四旬節」(2011年度は3月7日~9日)のれっきとした伝統行事の第一日目「Bolludagur(ボールダーグル・おまんじゅうの日)」の朝の始まりです。この日、子供たちはボーラ杖と呼ばれる杖で親を叩いた回数だけボーラをもらうことができます。朝の儀式は、子供たちが大好きなボーラをたくさん獲得するための、彼らにとって一年に一度の真剣勝負なのです。

シュー皮の底にジャム、その上に生クリームをのせ、チョコレートでコーティングするのがアイスランド流です。

これはもともと、イースターから7週間前の四旬節と呼ばれる時期に牛乳や小麦粉など「白いものを食べる」という北欧の風習から来ています。19世紀後半にアイスランドに伝わりましたが、ボーラを食べるのはなぜかアイスランドだけ。このボーラ、日本語に訳しておまんじゅう、といっても見かけは日本のシュークリームにそっくりです。シュー皮に白いホイップクリームとジャムを詰め、外をチョコレートでコーティングするのがアイスランド流です。よく家庭でも作られ ますが、ご存知のようにシュー皮作りは結構大変。なのでこの日は町のパン屋さんはボーラだらけになります。パン屋をはしごして、店によって異なる微妙な違いを食べ比べるのも楽しみの一つです。

ボーラダーグル当日は、町のパンやさんにもたくさんボーラが並びます。日本のシュークリームにそっくり。

おまんじゅうの日の翌日は「Sprengidagur(スプレンジダーグル・はちきれる日)」。その名のとおり、とにかくお腹がはちきれるまで食べまくる、という日です。ただ何でも食べればいいというわけではなく、塩漬けの羊肉とマメのスープが当日お決まりの伝統食です。羊肉は塩辛いだけではなく脂肪分も豊富なので、そんなにたくさん食べられるものではないのですが、それでも「伝統だから」と言ってがんばって食べます。そして食べ過ぎて胃もたれで後悔する、というのも一年に一度のお約束です。

3日間に渡るフードマラソンの最終日は、「Öskudagur(ウスクダーグル・灰の水曜日)」。この日は、小さな袋に詰めた灰を何知らぬ顔で道行く人の背中に貼り付ける、というのが伝統行事です。最近では灰を入れる代わりに袋にデコレーションを施し、まるでプレゼントのように見せかけることもあるようです。しかし、この日のメインイベントは実は別のところにあります。日本でも近年10月31日にハロウィーンの仮装をすることが増えてきましたが、アイスランドではこの灰の水曜日に街の中や、学校、公共施設が、さまざまな仮装姿の子供たちでいっぱいになります。まるでハロウィーンのように思い思いの衣装を身に着けた子供達が、お菓子をもらうためにお店の前で歌を歌います。仮装をしたままの子どもたちが学校で授業を受けているというのはとても不思議な光景ですが、どこもかしこもとてもにぎやかになります。やはり人気の仮装は魔女ですが、中には「私はゲイシャ」という幼稚園児の女の子も見かけました。

学校でも、子どもたちがお気に入りの仮装を楽しんでいます。中にはゲイシャも。

ボーラに始まり塩漬け羊肉とマメのスープ、そして最終日のお菓子というように、この3日間子供も大人もとにかくよく食べます。イースターは暦により毎年日が変わるので、四旬節も年によって変わります。この時期はまだまだ雪が多く、冬の寒さが身に染みる頃。お菓子を焼いたりスープを作って家を暖め、たくさん食べてお腹を暖め、仮装を楽しむ子供たちの姿に心を暖める四旬節の3日間は、アイスランド人にとって冬の終わりを楽しむ大切なイベントなのです。


(2011年5月 by P.)

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