2009年1月、アイスランドの経済危機後に新しく選出された首相・ヨハンナ・シグルザルドッティル女史が日本のメディアを騒がせました。アイスランド在住の私にとって興味深かったのは、日本のメディアが彼女が女性であるということよりも、同性愛者(ゲイ)であることを公言している世界初の首相だという点に注目したことでした。どのニュースを見ても"同性愛者"という言葉が強調されていましたが、アイスランド国内ではどうなのだろうと周りを見渡してみると、『それが?』という雰囲気です。事実私の周囲にも同性愛者であることを公言している人がチラホラおり、『これが私のパートナーです』と紹介されたり、女友達から『"彼女"とついに婚約したのよ!』という報告を受けたりと、私のほうが反応にとまどってしまうこともあります。でもこれはあくまでも日本人としての感覚。アイスランドでは何もおかしなことはありません。それは同性愛者の結婚も認められ、法的にも保護されており、誰も自らのアイデンティティを隠す必要がないのです。

こんな小さな島国で、なぜ人々の同性愛に対する理解が深いのでしょうか。それは30年前に始まったひとつの草の根運動から発展した、国をあげての行事ともいえる首都・レイキャヴィークのゲイパレードに関係しています

"私たちは同性愛者を応援します。あなたは?"と書かれた横断幕を掲げ、支援者たちも行進します。

今でこそ市民権を得ているこのゲイパレードは、元々は国内の同性愛者の人権を訴え、人々の認識を高めることを目標に1999年に始まりました。今日に至るまでの過程には様々な困難や偏見との戦いもあったことでしょう。しかし開催から10年以上経った今、ゲイパレードは写真でもご覧いただけるようにアイスランドを代表する重要なイベントにまで成長しまし た。毎年8月の初旬には、レイキャヴィークのメインストリートのショーウィンドーがゲイパレードのシンボルである虹色で埋め尽くされます。ヨーロッパ中からたくさんの観光客も集まり、みんなでこの日が来るのを楽しみにしています。

ゲイパレードのシンボルである虹色は、1978年にアメリカのサンフランシスコで「多文化を表す虹色を」と唱われたことが発祥です。アイスランドでもただパレードを見るだけではなく、街中が一体化するかのように、誰もが何らかの虹色にちなんだ物を身につけたり旗を振ったりします。

晴れやかな笑顔で沿道の人々に手を振る、女装の『一日女性市長』ヨン・グナール、レイキャヴィーク市長

パレード当日、スタート地点の市バスターミナル付近には、早朝からユニークな衣装を身に着けたパレード参加者や、派手な装飾を施されたパレード用の車が並びます。日頃時間にのんびりしているアイスランドの人々も、この日ばかりは早くからスタート地点に集まって、今年はどんなパレードになるのかと見守ります。 私も過去数年のパレードでは毎回沿道から見学をしていますが、去年はひときわ賑わっていたように感じられました。それもそのはず、2010年度のパレードの先頭を切ったのは、当時レイキャヴィーク市長に当選して間もなかったコメディアン出身のヨン・グナール氏。『一日女性市長』の女装で沿道の人々ににこやかに手を振り、笑いを振りまきました。その後をたくさんの参加者が続き、紙吹雪やシャボン玉が舞う中、沿道の人々もいつの間にか自分たち自身もパレードの 参加者になったかの如く、パレードの波に飲まれながら一緒に歩いていくのです。他国の大都会でのパレードだとそうはいかないのでは。レイキャヴィークのような小さな街だからこその一体感です。

2、3キロほどの長さのメインストリートを練り歩いた後、ゴール地点ではパレード参加者が紹介され、観客のお楽しみのひとつであるコンサートが始まります。完全通行止めの道路に野外劇場が建てられ、様々なアーティストが話題の曲を演奏し、人々は踊り、近辺のカフェは虹色の人々で埋まります。

沿道の観客も、この日は虹色の物を身につけてパレードを楽しみます。

2010年度は約9万人が参加または沿道を賑わしたと報告されています。アイスランドの総人口が32万人ほどであることを考えると、どれだけの規模のパレードであるかは容易に想像していただけるでしょう。そして今日のパレードの華やかさや活気の根底には、平等な人権を求める人々の努力と理解があると いうことは忘れてはならない事実です。

2011年のゲイパレードは8月6日に予定されていますが、関連するイベントは数日前から始まります。でもやはりこの期間の一番の見物はパレード。もともと英語の『ゲイ (gay)』という言葉には『楽しい』という意味も含まれます。パレードに参加したり虹色を身につけたりと、全ての人が自分なりの楽しみ方ができる日なのです。



(2011年7月 by P.)

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