7月に日本からハイキンググループがアイスランドにやってきました。わたくし自身がグループに同行して、アイスランドのハイキングの難関のひとつに数えられているルートと、氷河の上のトレッキングをしましたので、今回は少し氷河について書いてみようと思います。

アイスランドの地図を広げると、白抜きの場所がすぐに目に飛び込んできますが、これが国土のおよそ11%を覆っている氷河です。これらの氷河がアイスランドの地形を他のヨーロッパ諸国と一味違ったものにすると同時に、実はアイスランドの経済にも大きな影響を与えているのです。

アイスランドの氷河は全体的に、水平に果てしなく広がっているような印象を与えます。例えばヨーロッパで一番大きなヴァトナ氷河はおよそ8.400平方キ ロメートルありますが、この名は総称で、それぞれの氷河ひとつひとつにきちんと名前がついています。そのヴァトナ氷河の一部であるブレイザメルクル氷河は 海抜地点まで注ぎ降りて、氷河湖ヨクルスアウルロオンを形成しています。この氷河湖は、例えばトゥームレイダー、ジェームズ・ボンドやバットマンなどの映 画のロケ地としてたびたび選ばれているように、大変風光明媚な場所です。

氷河は氷の河と書くとおりに、緩慢ではありますが、確実に動いています。高山の雪線以上のところで凝固した万年雪が、上に積もった雪の圧力の増加につれて氷塊になり、低地に向かって流れているのです。流速は1日におよそ 20cm から 50cm ほどと言われていますが、溶けるのは主に夏ですから、その年の夏の天候にだいぶ左右されます。

次の写真では、氷河が氷河湖のほうまでつながっているのが分かりますね。

この溶け水が氷河からそれぞれ川に流れていくのですが、氷河の水は白濁しており、飲み水として、またはサケやマスの棲息には適していません。ただこれらの 水が海に流れて海水と混じり合うと、プランクトンの発生に不可欠な海の養分になるから不思議です。アイスランドの外貨を稼ぐ2番目に大きい産業は水産業ですから、アイスランド周辺の海の栄養価が高いのは、アイスランドの経済にとってもありがたいことです。

またこの溶け水が大量に川に流れることによって、水力による発電が可能になり、安価な電力を例えばアルミニウム製錬工場に供給することができます。昨 年、アルミニウム製造は、水産業を超えて外貨を稼ぐ一番大きな産業になりました。温暖化の影響で、今後50年から80年には氷河の溶け水の量は最高に達すると言われ、例えば水量が増えることによって、エイヤフィヨルジルでは年間 600MWh を発電できると予測されています。

ここ近年、氷河の面積が小さくなってきているのは、みなさんも耳になさっていることかと思います。これまでの専門家たちの研究によると、いわゆる地球の 温暖期といわれている時期に、アイスランドでも氷河が後退する現象は既に何度か起こっているそうです。ただ、その氷解の速度が問題なのです。これまで氷河が溶けて後退することはあっても、近年のようにわずか数年間のうちに、このような急速な速度で氷解が起こるのには、やはり温暖化が大きく関与しているよう です。例えば黄金の滝・グトルフォスからよく見えるラング氷河はアイスランドで2番目に大きい氷河ですが(1,025 km²)、2040年には全面積の65%まで氷は後退し、2190年には消滅してしまうと予想されています。



さてさて、今度は氷河上のウォーキングについて。氷河ウォーキングの場所は、ミイダールス氷河の一部であるソールへイマ氷河。こちらはツアーで何度も訪れていますが、毎年氷河が小さくなるのが 現実として見て取れます。5年ほど前にはなかったのに、今では氷河の舌端の前に小さな湖ができているほどです。初めてこの湖を見た時は、わたくしも大変驚 きました。

わたくし自身、今回のように完全装備をして氷河の上を歩いたのは初めての経験でした。例えばヴァトナ氷河やラング氷河の一端では、氷河の上をスノーモビルやジープで走ることもできます。しかし乗物に乗るのと自分の足で氷河の上を歩くというのは、まったく異なった経験であることを実感しました。

氷の上で滑って転ばないように、またはクレバスに落ちないように、一歩一歩を踏みしめながら歩いていくわけですが、始めはおっかなびっくりで腰がひけてい たのが、そのうち装備にも氷にも慣れてきて、周りを見回す余裕ができてきます。そうすると、目に入ってくるのは、自然の生み出す造形の数々。いたるところに幾何学模様の円形のクレバスや、波模様の氷塊、溶けた水が流れていく水路があります。自分の周りには、氷でできたミニチュア版の山、湖、河があって、地 形の造形の工程を目の当たりにすることができました。いわゆる自然界のフラクタル造形を見ることができたわけです。自分が巨人になったような気持ちになりました。

またアイスランドの氷河の下には往々にして火山が隠れており、それが氷河の下で噴火するため、表層の氷が解けると火山灰や噴火の際に生まれた土砂物が顔を 出します。それが氷の上の黒いトッピングに見える部分です。この火山灰などはその色のために、太陽の熱を吸収しやすく、そのため氷が解ける速度はこれらの 砂が表面に出れば出るほど早くなるわけです。

氷河の溶け水も湖にたまると中の混合物が沈殿し、白く濁った水が、かすかな白を含んだ深いブルーグレイの水に変わります。天気がいいときはなおさらその色の濃度がまし、湖はとても不思議な静けさを湛えます。
アイスランドの自然に接する機会の多いわたくしでも、これらの自然の造形の壮大さと美しさに大変感銘を受けました。

ただ同時に自然には二面性があることを決して忘れてはなりません。氷河も同じで、やはりなんといっても天候がウォーキング催行如何の重大なポイントになります。これはアイスランド旅行の全般に言えることですが、アイスランドの天気は大変変わりやすく、旅行者には予測不可能な場合が多いのです。特にハイキングやウォーキングのような、わたしたち人間が手つかずの自然そのものの中に入っていく場合には、それ相当の準備が必要になりますし、また現地の人間の助言とアシスタントを仰ぐに越したことはありません。

(2008年8月)

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