アイスランドと新型コロナウイルス ②

 

ヨーロッパのシェンゲン協定エリア内では、各国が各自の基準に合わせて6月中旬から国境を開き始めました。アイスランドでもPCR検査を空港で受けることによって、2週間自宅待機の義務がなくなりました。7月に入り、EUは日本からの観光客を含めた渡航者に入国を許可し始め、アイスランドでも同様の対応になりはしたものの、日本ではまだEU・シェンゲン協定圏内に滞在した方に対し、帰国後2週間の自宅待機を義務付けています。ヨーロッパでは、夏のバケーション真っ盛り、アイスランドを含め、今後感染者数がどのように変移していくかが注目されます。

生徒たちが制作したダイヤグラムの前で、色の相関関係を説明している先生。グアッシュ3色を使って、トライアングルとホイールを作りました。この先生は色彩学以外にも、立体裁断をメインにした洋裁を教えています。

さて、今回はアイスランド政府の新型コロナ援助策の一環の中でも、大変ユニークな対応をお伝えしたいと思います。

新型コロナ感染が国内で拡がった3月、政府はすぐに高等学校と大学に指示をして、オンライン授業に移行させました。小・中学校の義務教育は、各学校1クラスに引き受ける子供の数を限定しながらそのまま行い続けたので、政府とは対照的な措置でした。管轄が国か地方自治体かという点でも、対応に違いが生じたのでしょう。いずれにせよ、高等学校レベル以上では、対面式の授業なしに、オンラインのみで春学期(1月から6月)が終わってしまいました。
ところが、それではどうしても授業が成り立たなかったのが、音楽・美術を含めた実技をメインにした科目です。

アイスランドでは、高校の必須科目を取りながら、それに音楽や美術を主専攻として加え、高校卒業資格(同時に大学入学資格)を取ることが出来ます。演奏を録音、制作作品を録画することができても、やはり授業現場で手取り足取りしながら教えるのを省くことはできません。そこでアイスランドの教育省は、登録代金3.000ISK(日本円で約2500円)のみを参加者に負担させる、夏季講習を提供することにしました。

3週目のモデルデッサンのクラス。5日間のモデルデッサンの授業では、女性が2日、男性が1日モデルとしてそれぞれ4時間ずつ立ってくれました。1日は骨格や手足、もう1日は実物動物デッサンという内容です。

この授業を実施できたのは、アイスランドの教育省下にある、高等学校レベルの教育機関だけだったものの、この参加登録料で、例えば7週間の音楽理論、10週間の作曲講座、10日間の室内管弦楽パフォーマンス、6週間の洋裁基礎コースや6週間の陶芸コースなどで学べるのですから、たいしたものです。開催時期が重複するため、数週間続くコースを一度に二つ取ることは難しいですが、短期のものは、組み合わせ方によっては同時受講も可能でした。特にデザイン・視覚アート系のコースは、転職や新しいキャリアへの模索の機会にもなるように、アイスランドの国民一般にも門戸が開放されました。年齢やこれまでの創作経験が問われることなく、来る者を拒まず、というスタンスです。

写真の基礎講座のうちの太陽光線を使ったポートレート撮影。生徒たちがお互いをモデルにして、異なるカメラで撮影をします。手前の女性は、その生徒たちを撮影している別の生徒です。30代の3児の母。

今回写真でご案内しているのは、6週間の造形美術基礎コースです。
6週間の各週の内容を羅列しますと、
1.基礎デッサン
2.色彩学
3.人物デッサン
4.写真撮影基礎とデジタルソフト加工
5.立体造形
6.自由制作
になります。

公募当時は16名が上限だったのですが、参加希望者が多く、最終的には2クラス作ることになりました。実際に集まったこのクラスの年齢層は、15歳から50代まで。秋から専門職業高等学校で学ぶ予定のティーンもいれば、経済を学ぶ大学生、子供のいるお母さん、ポーランドからの移民の女性、バレエの先生など、参加メンバーがなかなか面白い。異なったバックグランドの人たちが集まることで、同じ授業を聞いても、制作する作品が異なってきます。自分とは違ったものの見方があるのを知る、またはそれを認め合うことは、それだけ視野が拡がり、人生を豊かにしてくれますよね。

また先生たちも、自分のスタイルを生徒に真似をさせる教え方はしません。理論やプロセスをみんなに一度説明した後、その場ですぐに各生徒に課題制作をさせます。そして分からないこと、できないことがあれば、その都度アドバイスをしたり、やり方を実演したりはするものの、あくまで各個人に補佐する形です。基本的に、先生が生徒の作品に直接手を加えることはありません。これはどの先生も取るスタンスですので、アイスランド式の教育方法なのだと思います。

 言葉で語り尽くせない思いを、習い始めたツールを使って、模索しながら表現していくーこのコロナ期の鬱々とした世相の中では、心豊かな癒しのように思えてなりません。


(2020年8月 J. Sakamoto)

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