短い夏が過ぎ去り、10月に入るとほぼ同時に、長く暗い冬がやってきます。この時期になるとアイスランドに住む人々の心はもうクリスマスのことで いっぱい。街のショーウィンドーにはクリスマスプレゼント向けの品物が並び、人々は早々に家の中や外を飾り始めます。でも買い物を含め、その他の準備に関してはクリスマス当日まであわただしく駆け回る、というのがこの国らしいところではあるのですが。

クリスマスと言えばサンタクロース。アイスランドにも独自の言い伝えがあります。ただ、この国では赤い服に身を包んだ、恰幅のよいおじいさんのことではありません。なんとここには13人のサンタクロースがいるのです。人口約32万人の国にしては非常にサンタ人口の割合が高いのですが、世界で認められるサンタとは全く違った役割を担っているのが、彼らの面白いところ。そして実際サンタというより、トロル(妖精の一種)と呼ぶほうが正しいかもしれま せん。

アイスランドではクリスマスの13日前から毎日トロルが一人ずつ山から降りてきて、クリスマス期間が始まるといわれています。その来訪者たちは、かなり意外な行動を取り、それがそのまま彼らの名前になっています。たとえば…

(左から)「焦げた鍋の底をさらうトロル」(12月14日)、「おたまをなめるトロル」(12月15日)、「残飯を食べるトロル」(12月16日)
  • 12月12日(1人目)…「羊からミルクを飲むトロル」
    彼の足は曲がらないので、直に飲むのは一苦労

  • 12月13日(2人目)…「牛乳を狙うトロル」
    あわよくば牛乳をいただこうと、牧場に隠れている

  • 12月14日(3人目)…「焦げた鍋の底をさらうトロル」
    とっても小さい体で大きなお鍋を狙う

  • 12月15日(4人目)…「おたまをなめるトロル」
    少ししか食べ物にありつけないのか栄養失調気味

  • 12月16日(5人目)…「残飯を食べるトロル」
    お鍋の残り物がお気に入り

  • 12月17日(6人目)…「お椀を狙うトロル」
    昔の民家では蓋がついたお椀をベッドの下に置くことがあり、それを狙っている

  • 12月18日(7人目)…「真夜中に扉をバタンと閉めるトロル」
    人が寝静まった深夜を狙う確信犯

  • 12月19日(8人目)…「スキール好きなトロル」
    スキールというのはヨーグルトをもっと濃厚にしたアイスランド特産の乳製品

  • 12月20日(9人目)…「ソーセージを狙うトロル」
    燻製用につるしてあるのを失敬

  • 12月21日(10人目)…「窓から覗き見をするトロル」
    好奇心旺盛なのではなく、あくまでもあわよくば盗める食べものを探している

  • 12月22日(11人目)…「扉から匂いを嗅ぐトロル」
    大きな鼻でクリスマス用のパンの匂いを感知

  • 12月23日(12人目)…「肉を盗むトロル」
    小道具の鉤を使って肉を器用に盗む

  • 12月24日(13人目)…「蝋燭を狙うトロル」
    牛脂で作られているものがお好み
(左から)スキール好きのトロル(12月19日)、ソーセージを狙うトロル(12月20日)、窓から覗き見をするトロル(12月21日)

以上のように、13人のトロルたちは入れ替わり立ち代り私たちの常識では考えられないようなことを毎日すると言われています。この13人のトロルたちの話は古くは17世紀頃から言い伝えられているらしく、当時の乏しい食生活を思うと、彼らの行動の目的が理解できるような気がします。そして最後のトロルがやってくる12月24日がアイスランドでのクリスマス本番。午後6時に街中の教会の鐘が鳴り響き、家族全員が正装して食事をし、その 後プレゼントを交換します。

これらの13人のトロルたちがサンタクロースに仕立て上げられたのは比較的近年のことです。彼らには両親トロルがおり、悪い子どもを食べてしまうと言われています。そう聞くと、このトロル一家が悪者にしか思えなくなってしまうのですが、ささやかではあるものの、ちゃんとプレゼントも残してくれます。一人目のトロルが山から降りてくる夜からクリスマス当日まで、子どもたちは窓際に自分の一番大切な靴を置いておきます。すると、翌朝靴の中に何らかのプレゼントが入っているのです。それはお菓子だったり、小さなおもちゃだったり、日替わりで毎日何かが入っているのですが、中にはじゃがいもということも。それはその子がその日に何らかの悪さをしたのでプレゼントをもらえないという証で、子供にとっては大変屈辱的なことです。そのためアイスランドでは、12月になると子どもたちが見違えるように行儀よく、聞きわけが良くなります。

よい子のお家の窓際に置かれていた靴には、ちゃんとお菓子が入っていました。

さまざまな奇行を終えたトロルたちは、12月25日からまたひとりずつ順番に山へ帰っていきます。最後のひとりが帰る1月6日がクリスマスの最終日。クリスマスツリーは片付けられますが、家の外の電飾は、4月のイースター近くまで飾られたままでいることもあります。暗くて長い冬をできるだけ楽しく過ごそうという気持ちの表れでしょうか。

クリスマスディナーの前菜、手長エビのスープと軽くゆでた手長エビ。
アイスランドの名産である手長エビは、アイスランド人にとってもごちそうです。白ワインもかかせません。

この長いクリスマス期間には新年も含まれています。アイスランドでは大晦日の23時過ぎから新年になった1時ごろまで街のいたるところで巨大な花火が主に個人によって打ち上げられます。年明けの瞬間にはピークに達し、空中が花火とその煙で埋めつくされる景観は、一見の価値があります。この日は奇しくも「真夜中に扉をバタンと閉めるトロル」が山に帰る日なのですね。この花火の迫力は、まるでみんなの安眠を妨害したトロルへの仕返しのようです。

アイスランドの人騒がせなサンタトロルの到来は、傍から聞いているとあまり待ち遠しいものではないかもしれません。しかし冬場は日照時間が正午前後の数時間だけというこの国では、彼らのおかげでクリスマス気分を長く味わっていられることから、なくてはならない存在といえるかもしれませんね。



(2011年12月 by P.)

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